素通り通信

愉快な記録です。

311から8年ですか。

気づいたら3月11日を迎えていて、あの震災から8年も経過していた。

 

2011年のその日、わたしが仕事していた飯田橋の高層階はものすごく揺れた。割と地震には慣れている茨城県南部の出身だが経験したことがないくらい揺れていて、高層階ってこんなに揺れるもんなのかーと揺れ始めはバカなこと思っていたけど、それはそれはあまりにも長く揺れすぎていて建物からバキバキ音がして、上司が窓際から離れてと言っていて、ただ事じゃなさそうだと検索してみたらこの地震は東北で起きているとすぐわかって

ちょうどその日、隣の席の同僚が仙台に出張中だったので慌ててメールしたのであった。

その後フロアにあるテレビを誰かがつけて、惨状はリアルタイムに観ていて

仙台出張中の同僚は連絡とれて、無事で

そして私は電車も止まって結局家には帰れなくて会社に泊まって、毛布とか非常食が支給されて、自分自身は東北地方出身ではないのだが当時の義理の両親が石巻出身で当時の親戚もみんな石巻に住んでるから色々心配で眠れなかった。

でも翌朝の朝焼けが妙に綺麗だったのを覚えている。思わず写真を撮ったくらいに朝が来たのが嬉しかった。

左端のスカイツリー、当時はまだ建設中だった。

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なんとか家に帰ったら、横浜戸塚の我が家は屋根が倒壊していた。

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庭でひとりぼっちだった犬はどれだけの恐怖を味わったのだろうか、ブロック塀を乗り越えて隣の家の敷地に逃げていた。

元夫は車通勤だったので夜には帰宅できたが、その時間まで、隣の家は犬仲間の家だったので、水を飲ませてもらったり、優しくしてもらっていたそうだ。停電などしていたのに有難い。

ブロック塀に爪痕が残っていた。

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動物は人間ほど都合よく物事を忘れたりできないから、そのあと地震が来るたびいつも静かに震えて怯えていた。

少しでも揺れを感じたら犬のそばに行くようにしていたのだけれど、震災から亡くなるまでの6年間、ずっと恐怖の記憶から逃れられなかったんだろうな。

賢くて優しい犬だったから。

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本当に本当に怖い思いをさせてごめん、今になっても、あの量の屋根瓦が揺れの中落ちてくるさまを想像してしまうと泣けてくるほどに、申し訳ない思いでいっぱいだ。

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仙台に出張してた同僚はしばらく帰ってこれなくて、元親戚はほとんど無事だったけど津波で家を失った人もいたし命を落とした人もいた。

 

震災後、仕事はしばらく自宅待機になり計画停電も経験した。壊れた屋根から雨漏りしたり、仕事が再開しても電車が間引き運転してたり、余震がたくさんあったり、何だかんだと日常生活が普通に戻るまで長かった。

震源から遠く離れた横浜にいたが、屋根の件と当時の親戚の件もあり、近所に住んでいる友人知人よりは被災の当事者に少し近い立場にいたのかもしれない。

もう結婚して何年も経っていて子供がいないことを揶揄する人もほとんどいなくなってた時期だったのだが、震災を経て、なんとなく子孫は残すべきなのかな、と、思いはじめて、翌年くらいから子供を作る方向に考えがシフトしていた。人事異動で飯田橋に行かなくなったので都内の満員電車とは縁遠くなり、バンドも辞めて、妊娠はすれど出産に至らずを繰り返し、致命的な病気の疑いで脳にカテーテルを入れる羽目になり死を突きつけられ(誤診だったが)、震災後も大事な人の死を何度か経験している。

私はその後色々あって精神を病んだせいか仕事を点々とするようになり

犬は急病で亡くなり、そして離婚して私は家族を失った。横浜からは離れて東京に移り住んだ。

ひとりぼっちだ。

気づいたらだいぶ年を取っていて、もう自分の子供をこの世に残すことは不可能な年齢になりつつあり、おそらく再婚もできない。

絶対的な孤独しかここにはない。

それでも、津波に飲まれた人たちの絶望感を思うと、もうこの世にはいない知人たちのことを思うと、なんとか、しっかり生きて行かなくちゃいけなぁなぁとぼんやり思う。

 

それにしても自分はクズみたいな毎日を過ごしていて、自堕落でどうしようもない。しかも若さも失われてきている。

この8年、一体何をやっていたんだろうか。

こうやって絶対的な孤独が来たのも自分がクズだからなのは明らかなのだけれど

8年前の今頃は東北のサーバーに必死でpingを打って疎通確認したり、まじめに仕事していたのだった。今の自分が不真面目ってわけではないのだけれど8年前はもっと必死だった。あの頃の自分はどこに行ってしまったんだろうか。

 

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今夜の月は綺麗だった。

 

話は震災のさらに何年も前に遡るが、新卒で入って3年働いた会社を辞めて、実家に帰って、いろんなきっかけで再就職することになり茨城県神栖市というところに移り住んだ。当時は神栖町だった。

知り合いが誰もいない、電車も走ってないような僻地にひとりぼっちで暮らして新しい仕事をしていた。

海が近い工業地域で、地平線が見えるようなどこまでも続く平野が広がっていて、たいした収入も得られなかったので、ちまちま自炊して生きていた。

今の状況に少し似ている。

その「神栖市」という地域は、茨城県の最南端であり、東北ではないけれど311の震災で津波液状化で結構な被害に遭っていた。サッカーの鹿島アントラーズのスタジアムが被害を受けたニュースは流れていたが、あの近くだ。

神栖の被害状況はあまり報道されてなくて、ネットで調べて情報を得て、なんというか、2年くらいしか住んでなかったけど、知ってる場所が被災しているのでイメージは濃かった。

 

いつか神栖にまた行かなきゃ、とか思ったり、会社とかで東北復興のボランティア募集があると行かなきゃと思ったり、そうでなくても当時は親戚がいたから石巻に行かなきゃと思ったり、全部思ってるだけで何もやれないまま8年が過ぎてしまった。元旦那は親戚の件もあり何度も現地に行ってたんだから、ついていく選択肢はあったはずだったが。

被災の当事者に近かったはずなのに、何も行動に移せなかった自分は本当にダメだなぁと思う。

その後も日本で世界で自然災害が起きていて、東京で大地震が起こる確率は高いらしくて

いつかくるその日のために備えておくとか、そういったことはしているのだけれど

ダメでクズな自分が生き延びてしまって申し訳ないという気持ちをずっと抱えていたが

とにかく生きていられるという事実に感謝するしかなくて

そしてせめて近しい関係の人たちのことは大事にして、みんな幸せになって欲しいと

そんなことを今日は考えていた。

 

311のことは、忘れないようにとメディアとか誰かが言っていると思うけど

先述のように細かく今でも覚えていて、たぶん忘れることはないでしょう。

8年という時間は短いようで長く、そして軽くなくて重くて

そういえば平成も終わっちゃうし、きっとあと8年もすぐ経過するんだろうと思う。

 

その頃の自分はどうなっているのか。

ダメでクズな自分、少しでも成長できていたらいいのだが。

 

会社で特に黙祷とかありませんでしたが、その時間は目を閉じました。

 

おわり

法事で歌うってヤバくないですか

3月2日は後輩とその親御さんの法事で弾き語りライブをしてきました。

後輩が亡くなったのは2000年の話でもう19年も経つのだが毎年みんなで集まって親御さんと飲んで近況報告をして、みたいな同窓会的な集まりになっており、彼女の世代中心ですが、自分もその後輩からものすごく慕われていたのもあり、毎回呼ばれて行ける限り毎年行っていたし、結婚してからは元旦那もなぜか毎年ついてきて、すっかり受け入れられておりまして、そして離婚して去年は「なんかヤバイな」と思いながらも単独参加。

 

もう後輩世代も40代突入ですよ。みんな結婚して家庭持って子供2人も3人もいたり、ちゃんとしてマイホームなんか建てちゃって、法事にもお子さん連れてきて、そのお子様も私の身長に並ぶくらい成長!と、時が流れているわけですが

特に離婚後のこの1年間の私って四十路でバツイチで老けて全身のあらゆるところの毛が白くなり、離婚のショックで痩せるどころか太るし、ファッションセンスもひどく、モヒカンとかの変な髪型で、スカジャンとか着て出勤しちゃうアホなんですよ。結局いま普通に就職してますが、去年はバイトをクビになったりしてまして。

で、この19年、結婚できたけど家庭?は守れず離婚、脳にカテーテル入れられるし、子供もできなかったし、もう出産できる年齢リミット過ぎたし、離婚の勢いで東京さ行くで〜と根性だけで大田区に引っ越して線路沿いの変な安い物件に住んでて、婚活もやってみたけどままならず、カネもないのに食費削っても酒は飲むとかバカで、学生みたいに朝まで飲んだり記憶なくして失敗したり国際ロマンス詐欺の相手してワイドショーデビューしたり、同居人は東京卒業して大自然に飛び出していきまして、ひとりぼっち。好きな人はいますけど「好きってなんだろう」と根源的な疑問が浮かび存在の意味とか考え出して、もうずっと片思いでいい!!人として成長したい!!でも結局呑んだくれてクズな生活。やまない偏頭痛。

もう散々なんですよ。

で、結局何にもなれてないクズなのに肩書きだけは増える謎現象は起きるし、貧乏すぎて水筒に水道水を入れて会社に持っていくような生活で、精神病からは脱却したものの、モテないカネない生きてる価値ももはや意味もない、音楽だけは首の皮一枚で続けているけど、あ、亀は飼ってますから守るものはありますけど

ド底辺といっても過言でもない、そんな状態でございますが

今年は歌ってくださいーと幹事の後輩から連絡いただいて

そうかそういうことになっているのか、思えば現役でバリバリ音楽続けてるやつはもはや殆どいない。私が歌えばいいのなら。

まあ、あいつGLAY好きだったし、わたしは佐久間さんとも仲良くしてたし、なんかやるしかないなーとOKした、のですけど

ノリでなにも考えずに承諾してしまったことにあとから気がついてしまい、しばし途方にくれておりました。

プレッシャーたるもの半端ない。

まあ、私はギターが一本あればどこでもライブできるけど「そつなくこなす」ステージましてや法事に合うスタイルでないのは致命的に明らかで

なにを歌えばよいのやら。

涙そうそう」とかカバーすればよさそうだが、わたしにそれを求めてる人はいない。

そして、お子様たちもいる前で「故人と残されたこちら側の我々」が納得できる何かができるのだろうか。

あっ、盛り上げたいならOL10年生をやればいいのかな?あれは佐久間さんもブログでダイレクトに褒めてくれてたし、カラオケ入ってるし、どこでやっても大合唱を勝ち取る!!!!いける!!!

というところで「会場のカラオケマシンが故障中」という泣ける連絡をいただき、お、おう、やっぱギター弾くんかい。などと。

 

後輩が亡くなってからの一年はご両親と色々会う機会も多く、その頃「あの子は地下鉄が好きじゃなかったのよ」とお母様に聞いたことがありました。

そのエピソードを歌にしたのが「無題ドキュメント」という曲です。

この曲は私も編成によってアレンジを毎回変えてますが

 

じつは、、、色んな人にカバーされてます。

みんな凄腕。

これとか↑やべえ。鉄塔登っとる。

 

もうこれらの動画流せばよいのでは、、、、?

 

いやいや、それはいかんいかん、生演奏しないといけない、、、、、と、追い詰められていたところ

じつはわたくし一周忌の時にもライブをしていたことが判明しました。18年前?

そうそう亡くなった時にCD作ったんだけど新曲入れたんっすよね。

その曲やったんですけど

一周忌の時点ではくつした始めてなかったので歌うという発想はなく、レコーディングで歌ってくれたスーパーボーカリストの白石さんに歌ってもらって、涙涙のステージをやりました。私?私はギターひいてました隣で。

そんなことを思い出してみたものの、果たしてなにをやるべきか分からなくなり、とりあえず昔やってた曲をやろうー!と、大昔の学祭のビデオ(VHS)などを見返して「あいつがいつも最前列で見てくれて好きだった曲」をサルベージして、本当は別の人が歌ってる曲だったけど死ぬほど練習したら自分のモノになってきたのでやってみました。

できた。天才か。

この状況でマイクもなにもなしに、立派にやれるんだな私は。

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で、盛り上がってるっぽかったので、いつもやってる「哺乳類」という「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい」と繰り返すだけの歌をついでにやったら

大爆笑を得られたのでした。すごい。

法事で大爆笑取れる人材は、そんなにいないのでは?

というか不謹慎ながら、故人2人は喜んでると思います。それでいいのだ。

当日朝、プレッシャーから逃れるために元気の素を飲みました

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で、ライブのことしか頭になかったのですが、そもそも見た目が不謹慎なことに気がつき

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自撮りしたらすごかった。これから法事には見えません。そりゃそう。

そんな感じで生きてる先輩です。

おそらく来年も生きてます。

 

法事の後にみんなでカラオケ行ったらジョイサウンドの店でして

ちゃっかりOL10年生キメておきました。

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もはや、彼女の倍くらい生きてきてしまいまして、ど底辺を彷徨っているけれど

やるべき時やるべき事を全力でやれたのはスターの証でしょう。ちょっとは自信持てそうです。

 

あ、結局無題ドキュメントやってない、、

 

ということで法事で歌うという稀有な体験をしたので記録しておきました。

私は結婚式でも歌うことありますが、殆どの持ち歌が暗い歌詞なのであまりオリジナルやるべきではない感じ、なのにカバーを求めてもらえないので、OL10年生かおっぱいおっぱいになりますが、それでもよければぜひ披露宴にお誘いくださいませ。ほんとか。

東京一年生、2018年を振り返る。

昨年末バツイチとなり、年明けに引っ越して東京都民になりました。

今年はそんな東京一年生な年でした。

私は田舎っぽいところで育ったので、頑張って勉強してそこそこの大学にいけば東京都民になれるんだろうと夢を持っていたのですが、大学は東京を飛び越えて横浜に行ってしまいまして、その後も「都内で働く」ことはあったものの都民になることはなかったんです。

いつかその夢は叶わぬものかと思っていたんですけど昨年末の離婚が決まって、もう、すごい勢いで「おら東京さ行くだ」となり、蒲田のはずれに引っ越してきてしまいました。

ちなみに年明けの引っ越しは元旦那と私の音楽仲間の屈強な男性らと行いまして、業者なしでの引っ越しでした。

元旦那、マジでいい人、というのと、そういう時「引っ越し?手伝う手伝う」と駆けつけてくれる仲間がいるってのは良いですね。

 

と、いうことで、蒲田のはずれの2Kの家に、12歳年下の友人女性とシェアハウスな生活が始まりました。

同居人、ガチで12歳年下でございまして、そんな一回りも下の女子と暮らせるんか?という感じでしたが、一年間あれやこれや楽しかったし同居人いてくれて本当よかったです。

ちなみに同居人は年明けに出ていき地方に永住いたします。

地元でもないところの土地に永住を決める。

私より一回り年下でそういった決意ができるのって凄いなあと思いつつ、そういえば私が結婚しようかって実家を出たのはそれくらいの年齢だったんで、ま、そういうもんなのかなーとも思います。

で、気になると思いますが、どうして一緒に暮らそうってなるような、一回りも年下の友人がふつうにいるのかというとそれは「くつした」の活動してるときに知り合った子で、端的に言うと「くつしたファン」というか色々ライブ来てくれたりしてた子で、あと昨年亡くなったうちの犬と仲良くなってくれて、犬が急に病気で倒れてもう歩けなくなってしまったとき、泣きながら彼女に連絡したら、駆けつけてくれたんですね。最後のお散歩は一緒に行ったんだっけな。そういう間柄でした。あれは本当に感謝してて、今でも思いだすと少し泣けてしまう。

そんで最近もそのうちの犬のこと「親友だった」って言ってくれてて、あっ、やっぱいい子だなぁ、一緒に住んでくれてありがたかったと心から思いました。

つらつらと一年の生活を振り返って書いてみますね。

 

1:一回り下の赤の他人と暮らすって?

ふつうに考えると、世代も違う女子と暮らすのってうまくいかなさそうじゃないですか、でも、なんか一年間仲良くやってました。特にすごい喧嘩したとかいう記憶もないし、お互いがお互いのペースで暮らしてて、でもそれ以前からよく飲みに行ったりしてた仲良しなのでタイミングが合えば二人で飲みに行ったり、家飲みしたり、まあ色々と。

私も元々寮生活とか結婚という名の共同生活とかやってきたので「だれか一緒にいる」のは割と慣れているし、それなりに気を配るのはストレスでもないし何かあっても我慢するというほど我慢してる感じもなく。

同居人も前の家もシェアハウスだったので、共同生活慣れしてて、そのへんはうまくやってくれるタイプでした。

あと仕事が同業者(エンジニア)だっていうのもあって技術系の話が普段の会話でふつうにできたのも面白かったです。

特に同居のストレス的なのはなく、楽しい一年でした。

まぁ私のほうが年上ってのもあり若干「年上の余裕」的なところはあったかな。

なかなか忘れられない一年になったかなと思います。

あ、なんで一緒に住むことになったのか書いてなかった、離婚が決まったときにFacebookで「だれかルームシェアしない?」みたいなこと書いたら即「する!」とコメントくれて、そのまま進んでいきました。物件も二人で回って見つけました。

 

2:生活の変化

・テレビを見なくなった

・朝、なぜか起きるようになった

・部屋が汚れなくなった

コンタクトレンズにした

・就職した

 

ものすごいざっくりまとめてしまいましたが、日常的にテレビ見なくなってしまいました。

同居人がいるから「音うるさいかなー」と気を使っていた、というわけではなくて、長い長いイヤホン買ったので、見るのは可能なんです。あと生活時間帯も微妙にずれてたから家に一人でいるってことも多くて、でもテレビつける気にならなくて。

今までは起きたらテレビつける、寝るまでついてる状態だったのに変わるもんだな。

ブルーレイレコーダーもあるし、ドラマの録画予約とかしてたんだけど、あんまり見ないで削除する感じで終わってしまった。

あ、でも、オリンピックとかサッカーW杯とかは見てたんですよ。

日常的に見なくなった理由はよくわかんないです。とはいえ、見ないでも生きていられるんですね、テレビって。

 

だがしかしテレビを全く活用しなかったわけではなく、Fire stickがあったのでamazonのプライムビデオとかは大画面で見たいんで、それで使ってたかな。

 

つい先日同居人と家で飲んでて、全然テレビ見なかったよねって話になって

あまりにも使わないからテレビ売っちゃおうかなとか言ったら、一旦売って、安い4K買ったらいいんじゃないかとアドバイスされました。

「そしたらフレディーも4Kで観れるで!」と、同居人が熱く言ってて、あ、ボヘミアンラプソディーのBD化した後のことを言ってくれてんだなと。

同居人、面白いでしょ。

 

朝起きれるようになったのは、我が家の日当たりが良すぎるからです。一日中日当たりが良いんです。で、もう強制的に目が覚めてしまう。

あと線路が近いから若干うるさいってのもあるのですが、えーと線路の近くで暮らすのってやかましそうなイメージあるとおもいますが、あれって、暮らしてると耳が慣れちゃうんですよね。マジで。

学生時代にガチで線路の脇に住んでた事があって、めちゃくちゃやかましかったし揺れまくってたけど、慣れてしまいました。

私だけか?と思ったら同居人も線路の近くに住んでた経験があり、慣れるわなって話になって、物件決めるときにそれは障壁にならなかったです。

 

部屋が汚れなくなった、ってのは語弊があるんだけど、やはり同居人が女の子だと自然と整う感じでした。えーと結婚中は夫婦ともに散らかし放題で(申し訳なさで今はいっぱいですが)年に一度だけ片付ける、みたいな感じでしたが、まぁ日々そこそこな状態は保っていて、あと引越しに伴い超絶な断捨離をしたため、ものが少なく、散らかすものもなかったと。

で、家の間取りの関係で、同居人の部屋を通過しないと自室にたどり着けないのもあり、飲食は全て自分の部屋ではなくキッチンスペースで、と、自分内ルールを決めたら、食べ物が散らかることもなくやってこれました。

少し意識改革できたかなぁと思ってます。

 

メガネをやめて(完全にはやめてないが)コンタクトにしたのは、割と同居人の影響が強くて、同居人、さすが12歳年下で若くてオシャレなんっすよね。あ、私わりとぱっちり二重に生んでもらったのにメガネで隠れてるのも少しもったいないのでは、あと、婚活で玉砕したのを若干メガネのせいかもと思ってて、40代にして初のコンタクトデビューしました。

片方だけ乱視用で少し難しいですが、そしてまあ普段はメガネのことが多いんですが、コンタクト生活、面白いです。

私はライブで踊ったりドラム叩いたり色々そういうときにメガネがあるとズレるわけで、そのロスタイムがあると万全なパフォーマンスできない、という悩みがあって、それも解消されたし、ダーツのレーティングもコンタクト効果で上がりました。めでたし。

 

で、コンタクトにしたら就職してしまいました。無限フリーランスなのかと思ってたらまともな仕事に就いてしまいまして

私がふつうに朝9時に会社に行く生活できるんかーと不安もありましたが、1か月とりあえず続きました。

今度の職場はすごく良くて、何が良いって人間関係が良い、びっくりするくらい人格者ばかりでしかも仕事がみんなできるできる。

今までの仕事で感じてた「色々決めても上の判断とかで進行が遅くて萎える」みたいなことはありえない会社です。

続けていけたらいいな。

 

4:出会いがあった

私はふつうに生きてても出会いがたくさんある生活をしておりまして、よく聞く「出会いがないんです」という社会人の悩みが分からず、今年も色々な方々と出会ってきました。

もちろん全てが良かったわけではないですが、ほんとに、出会えてよかったなって思える人にたくさん出会うべくして出会ってこれたので、そういう意味では東京に出てきてよかったです。ほんとに感謝しかないな、出会いの運の良さについては。

 

5:このあと

同居人はいなくなりますが、とりあえずあと一年はここで暮らそうと思います。

東京二年生。

でもまぁ一人暮らしだと面積を持て余す感じがありまして。

 

もし同居してもいいかなって方がおりましたら連絡くださいませ。

 

2018ありがとうございました。

またね。

四十路のブサイク婚活顛末記2018

2018年の6月から再婚が可能になったので、そのタイミングで婚活パーティーに行ったり色々やってみました。

記録です。

 

1:婚活パーティー

2回参加しましたがカップル成立ならず、というかバツイチでブサイクでデブなうえに妊娠可能年齢を超えているため、スタートラインにすら立ててない感じでした。一応このブログにもレポート書いといたけど色々生々しくて、多分、もう行かないと思います。

でも、2回目の婚活パーティーで知り合った人たちがライブに来てくれてそれはとても嬉しかったです。くつしたさんが婚活パーティーで知り合った人が見に来る!ということで会場の皆さん期待してたかもしれないけど、その来てくれた人たちは、なんというか女性でして、、、

友達が増えたっていう点では良かったのかな。

で、色々あってその場ではカップル成立ならず、しかし、と、少し進展しそうになった男性の方と飲みに行ったりしたのですが、、、、、なんというか、、、、連絡が、、途絶えました、、、、、

会った時はそこそこ盛り上がったんですけどねぇ。多分ダメだったんでしょうね。私が。こういう人にこそライブ見て欲しかったなぁ、いや余計ダメか。

 

私は自分から誰かを何かに誘うのが、なかなかできない性格なので(自分のライブ告知は別ですが)色々それでチャンスを逃してて、もし勇気出して行動力を発揮していたら、何かがあったかもしれませんが、やっぱり昨年に捨てられるような形で離婚した経験踏んでると積極的にはなれないんですよね。どうせまた捨てられるんだろうなって絶望しかないんで。

ブサイクで四十路のバツイチであるからこそ行動力は伴うべきなんですよ、本当は。

 

2:マッチングアプリ

存在は知ってたんですがマッチングアプリって実際のところ、どうなんだ?と思って軽い気持ちで登録してみました、えーと2つだったかな。

アプリ内でマッチングしたらメッセージやりとりできるんですけど、何回か会話したら連絡が途絶えるパターンばかりで

これは何故だと思ってたら男性側は課金しないといけないの?

まぁ、結局私より全然マシな条件の女性は死ぬほどいますので他の方にお金使ってくださって結構結構、というかメッセージのやり取りの時点で全然話が噛み合わない人ばかりで、やっぱわたしには向いていないのだなぁぁぁぁぁあと思いました。

何が向いてないのかはよくわかりませぬが。

一番ひどいなと思ったのは、なんとなくイイねを押したらわざわざ断りのメッセージがきて、しかしわたしのフリーランスの肩書きに思うところあったようで「どうやったらフリーランスになれるんですか教えてください」と言ってきた40代終盤の人。今どうしてるんだろう。生きててください。

 

そして、そのうちの何人かはLINEのほうに会話の場を移行したのですが(アプリ内だと課金されるからですかね)

結構みんなひどかった。

 

・「おはよう」と「お疲れ様」のスタンプを朝晩送ってくるだけのbotみたいな人

      面白いので放置してたんですけど、たまにこっちからおつかれさまスタンプを送ってみると「かわいいスタンプだね」という一言が来て、そしてそのままスタンプマンに戻る、という徹底的に会話してくれないスタンスでだんだん怖くなって最終的には1カ月以上経ってからブロックしました。何がしたかったんだろうか。

 

・会う約束したのに連絡が途絶える人

   なんとなく同業者的な感じで話は合うのかな、という感じで会う約束までしたのに突然連絡が途絶えました。何故だ。普通の応答しかしてなかったのだが何か私がダメだったんだろうな。

 

・ふつうにやり取りしてたのに連絡が途絶える人

    会話が続いていたのに突然連絡が来なくなりました。

 

・国際ロマンス詐欺

奥さんを失くして娘がいる米国軍人(自称)が情熱的すぎて面白いので3人くらい相手してあげていたのですが、国際ロマンス詐欺の人でした。そして私は「国際ロマンス詐欺と思われる男性とやり取りした40代女性」として、ワイドショーに出てしまいました。

面白かったからいいんだけど、詐欺はよろしくない。

 

3:マッチングアプリ経由で実際に会った人

じつは、実際に会ったりもしました。

1回目は行きつけのバーに連れてってもらって、2回目は私の行きつけの立ち飲み屋に来てもらったのだが、ビール一杯飲んで逃げるように去っていったので

もう無いなこれは、しかし感じ悪い奴だなぁと思って、もう忘れていた頃に性欲全開のLINEが立て続けに来て、それもうほんとスクショ貼りたいレベルに性欲全開な感じで、いやほんと無いわー無いわーと穏便に断ったのですが

また忘れた頃に性欲全開のLINEが来て、最初に会ったバーで待ってる、と。

で、私はその時友人と飲んでたんですけど「お金ないから無理」と断ったら「おごる」というので友人と一緒に押しかけて20分くらいで帰りました。帰る時に飲み代請求されたのが腑に落ちなくて、ていうか払った私も私なんだけど、おごってくれないんですかの一言すら面倒くさかった。

というかこの人は最初から割り勘だから安くみられてたんだろうなって思います。

 

いろいろ振り返って思うのは、ほかのところでは色々ご馳走になるスキルの高い私は、今年出会った婚活男にはおごっていただけてないので、というか多めに出すとかいうこともしていただけておらず

あーーそうかーーブサイクで四十代のバツイチだと「おごる価値もない」判断になるんだなぁ、ということでした。

「ほかのところで」とさっき書いたのは主に仕事関係の時とかライブの時とかで、そういう時はそれなりの対価を出せる価値を提供しているわけですよ私は。

しかしひとりの女性としては本当にもう未来もないし現時点での価値もないし、終わってるんだなぁ、と、わかってたはずの現実をまたもや突きつけられる感じの1年間となりました。

こんな無価値な女と10年結婚生活してた元旦那ってすごいな、神か何かか。

 

番外編:それ以外

ふつうに生きてれば出会いもありまして、好きな人とか気になる人もいるわけですし、色々その辺の出来事もありましたけど総じてわかったのは「私ってクズだな」ということでした。

なので正直なところ、上記の詐欺以外の婚活男のことあんまり批判できないっす。

あと出会いには困ってないのは明らかなのでもう婚活的なことはやらないと思います。

 

番外編2:私が望むもの

もう子供も作れない年齢なので普通の家庭を持つことは永久に叶わぬ夢となりました。

子供いらないと思ってたけど、漠然とリミット超えるとそれなりにショックを受ける自分がいるんですね。

私は一人で生きていける程度にはスキルもありますが、とにかく死にたいという思いが強く、ほっといたらすぐ自殺しそうで、いかにしてそれを止めるかというのが自分の悩みです。

死なないでくれ、生きてくださいと言ってくれる人はいっぱいいるけど、あなたは生きていてもいいんだよと認めて許してくれる人はいないんですね。

認めてくれる人、いないかなぁ。

で、再婚は諦めました。多分無理なんだと思います。上記のくだりで「すごくめんどくさい人」であることが分かると思いますが、そのうえブサイクでバツイチでデブで精神を病んでいる、となると、そんな人と暮らすことを引き受けてくれるような異性がいるとは思えない。

だから再婚もしないし、もう少し生きてみて、やっぱり死にたい気持ちが消えなかったらサクッと潔く死んでこの人生終わりにします。

 

まとめ:行動力とは?

いろいろ書いてる中で「会話が続かない」という件を何度か出しましたが

国際ロマンス詐欺案件以外、ほんとに会話が続かない男性しかおらず、ちょっとびっくりしました。

男性の友人も数多くいるけど、みんな頻度高かったり低かったりやり取りしててそれがふつうだし会話が続かないって人が全然いなかったもので。

突然途絶えてしまうって何をどうしたらそうなるんだよって感じなんですが向こうが連絡取り始めてきてるからこっちから押すわけにもいかないし。

なんだかなぁって思うんですね。

ほかにいい人が見つかって切られたのかしらってことにしておきますけど。

些細なことでもいいからこまめに連絡取り合って仲良くなるべきではなかったか。うーむ。

あと「会う約束」って私もなかなかできないけど、あれは強引にでもやるべきなんだろうなぁ。そういう意味では性欲全開男の勢いは少し悪くない。

いやあいつはタイミング悪いけど。

 

おわりに:早く死にたいです。こういう、なんの価値もない人間がなんの価値もない人生送ってるって、ほんともう生きるのが嫌だ。

 

 

 

フリーランス卒業します

2年近くフリーランスな状態で、社会から長いお休みを頂いておりましたが、12月からフルタイムで普通に仕事することになりました。

このフリーランス期間に人生をリセットすることになり(ほんと、結婚制度って大変ですよね)色々と仕事以外で苦しんでいたのでありますが

そもそも暇だから考える時間が生まれ悩んでしまいそれが苦しみの連鎖を起こしていることに気がつきました。ならば自分のリソースをどこかに還元して仕事に没頭したら少しはマシになるのかなぁと思いまして。

いや私は音楽とか没頭する趣味あるからそこに没頭するべきと言われそうだが、あいにくそういうスタンスの音楽やってるわけでもなく、自分を切り売りして歌っているので、そっちはそっちでやはり没頭するたびに余計に悩みが増えてくわけでございます。

で、仕事、フリーランスでもそこそこ生きれるレベルには回せていたので、稼働率を上げれば暇じゃなくなるんだけど

なんかそれもまた違うのかなぁ、それで解決しないよなぁ、と、ぼんやり就活始めたらスイッチが入った状態になりまして。40過ぎでバツイチで人生詰んだ状態だったはずだけど、仕事はそこそこありまして「選ぶ立場」になれて、それで少し自信取り戻せました。

で、一番行きたいと思えたところに行くことにしました。

本当にまた就職するのかと思い悩んでいた時期に「ボヘミアンラプソディー」を観に行ったら、フレディーもたくさん悩んでたので、決断の原動力になりました。結局今の時点で3回観てますがありゃいい映画だな。クイーンマニアの私、ボロ泣きです。

 

まあ仕事始めたら始めたでまた悩むことも病むこともあるのでしょうけど、嫌んなったらまたフリーに戻ればそこそこ生きられることも分かってるし、なんとか、なるでしょ、まぁ。

 

それよりなにより、一年前は一年後生きてるのかどうかすら分からない状態だったので(精神的に)そして、何回もガチで死にかけていたので、この一年くらいの間、あちこちで助けていただいた皆様には心から感謝しています。これはもうほんとうに心の底から。

と、同時に私をあちこちで追い詰めた悪い奴らのことも思い出してしまうのですが、そういうのも忙しくなれば忘れるでしょう。いや私はサイコパスなので忘れないんだろうけど、脳のリソースを割かなくなりそう。

 

人生の残り時間、皆それぞれあり、わたしにもありますが、来月から先は「普通に通勤して定時で働く生活」に残り時間を充てることになりました。仕事以前に通勤だいじょぶかと心配もするのだが、過去のエクストリーム通勤と比較すると、、、、ねぇ。

 

フリーでも生きていくノウハウとか、詰んでる状況で就活うまく行った振り返りとかそういう有益な情報を書きたかったのですが、どれもこれもあまりオススメできないのと万人ウケしないのと私だから何とかなってしまった事例ばかりなのでやめときます。

あ、フリーな時期色々な単発バイト的な事をやって、つい数日前も単発バイト的な仕事したのですが、そしたら帰りにダイソンの掃除機もらいました。

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こういう引きの強さはあるんです、私。

 

とりあえずつぎの更新が退職エントリーにならないといいかなぁと。

 

ではでは。

元気なブスが婚活パーティーに行った話

前回行った婚活パーティーのお見合いタイムで、わりとひどいことがあった。私の顔を見るなりブワッと背を向けてしまい、わたしと一切会話しない人がいたのだ。なんちゅう男だ。話すらさせてくれない。話をしなきゃいけないタイムなのにルール無視である。ここまで見た目で判断されると、ブス扱いされることに人よりも慣れているわたしでも傷つく。ブスにも心はあるんです。

そのことを思い出して悲しい気分だったのと、本来は7月7日が結婚記念日だったことを母のメールで思い出してしまい、実の母に傷をえぐられるという災難が重なり「もう婚活パーティーなんて嫌じゃ」と思ってしまっていたのですが、ブスは負けずに婚活パーティーに行ってきました、それは7月8日。日曜日の夜。

 

負けてもいい、選ばれなくってもいい、多少は傷ついたっていい、でも「楽しかったなぁ」と言える夜にしてみたい。ということで

バツイチのブサイクデブは作戦を立てました。

 

その1:ファッションに気を使う。お洒落な同居人にアドバイスを頂いて「清潔感のあるデブ」を目指す。20年間一度も使ってないイヤリングとネックレスをしていく。体の毛ぜんぶ剃る。(しれっと書いてますが本当にぜんぶ剃ったので、ツルツルです)

 

その2:メガネをしないで裸眼で行く。メガネだとブスが強調されてしまうのでノンメガネにした。じつは最近老眼が始まり、メガネしてても近くが見えづらい、そしてもともとそこまで目が悪いわけではないので思い切って裸眼のブスで行くことにしました。

ちなみに裸眼でもかなりブサイクです

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どう見ても完全に芸人枠です、本当にありがとうごさいました。

いいんですわたしは天下のJ-Waveさんにも「駆け出しの芸人枠」で呼んで頂いた稀有なミュージシャンなのです。

 

その3:受付時に配布される「参加者名簿」を見ない。エントリー番号、名前、年齢、趣味特技などの一覧表が渡されるのだが、裸眼だと読めないので見ない、そもそも単なる一行情報で人の何がわかるのか。わたしが一行情報で判断されて切り捨てられていたとしたら嫌な思いをする。されて嫌なことをする側になりたくない。会って話してみないと人なんてわからない。年齢とか気にならない。ということで本当に一回も見なかった。

 

その4:楽しむ。元気なブスが走り回るプレイスタイルでいく。バツイチも隠さない。人の恋路は応援する。明るく面白いキャラクターを貫く。要は普段の自分でいく、ということです。

 

と、以上4つのポイントを守って参加してみたら

 

いきなり背を向けるような人はいませんでした。

よかった。

 

元気なブスですがしゃべるより聞く方が好きだったりするので、お見合いタイムも場を回すことに専念。でも、ちょっと気が合いそうな人には「あとで飲みましょう!」と立食タイムへのパスを送る。

元気なブスはゆるい自虐ネタで本来ライバルのはずの女性参加者を持ち上げてしまう。例:自分と同じ苗字の人が同じテーブルについたら、美人のほうの○○さん!美人のほうの○○さん!とみなさんに紹介する。そしたら美人の○○さんは「じゃあ若いほうの○○さんッ?」と私を褒めてくれるので「そんなに、、、若くないんです、、、」「えっ」「42歳」「えっ」

盛り上がらない席では必殺マシンガン質問でパス回し。

「今日何時に起きました?私5時です」

「6時半、、、」

「6時くらいかな?」

「俺3時!」

みんな朝が早い!老人会か!

元気なブスはどのテーブルに配置されても「よろしくお願いします!」と「ありがとうございました!」は明るく元気に欠かさずに。

 

と、いう感じで男女問わず全員と話をした元気なブスは、残念ながらカップル成立しませんでしたが、気に入ったイケメン男子がいい感じの女子とカップルになってて嬉しかったです。

元気に楽しんだら卑屈になる暇がなかった。

みんなーー幸せになってくれ!

 

帰りになんとなく意気投合した男女数名で二次会に行きました。

で、前回の「いきなり背中を向けられて会話を拒否された」事件を話していたら泣いてしまい、おねえさんに慰められた。今になって泣くほど辛かったんだな。

自分でもここまで傷ついてたとは思わなかった。あーーーーーーー

 

負った傷はプラスに変えていく、そんな学びは得ましたが

さすがに懲りたのでもう婚活パーティーには行かないと思います。

私みたいなのは運営側にいた方がいいんじゃないかな。

あとここまで行っといてなんですが、やっぱ再婚する気はまったくないです。恋愛もべつにいいです。

この気持ちを揺るがせてくれるような出会いがあれば変わるとは思いますが。

ブスの傷は深い。

 

おわりです。

婚活イベントに行った、個性しかない40代バツイチの話

フリーランスになって一年と少し。

なんと、1ヶ月の収入がようやく会社員時代の最高月給を超えました。

しかし、最高月給だったのは新卒3年目だったという衝撃的な事実と、今回超えた経緯のレベルが半端ない感じなので一旦その話は置いておいて、こないだ行った婚活パーティーの話を書きます。

 

まず参加する時点で選考があるイベントでございまして、それはそれで信頼感はある感じですが、私はバツイチ40オーバーにしては、白髪が多すぎたんですね。

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これだと分からないと思いますが、昨年末の離婚で、白髪は激増しました。むしろ白い毛の方が多すぎる事態に。

白髪のブスとか最悪にやばい。

と、いうことで、髪の毛を染めて整えることにしたのですが美容師が端的に言ってハズレでした。

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左右非対称、アシンメトリーになりました。

サイドはトレンドに合わせて刈り上げました、ツーブロックです。

アシンメトリー

これは、単に美容師が失敗し、そして、左右合わせますか?と言われたのですがね、、

その人が、あまりに諸々下手すぎて

短い方に合わせてまた刈り上げます〜あっ、またズレた!

というのを繰り返してモヒカン的なヘアスタイルになるのでは?という危機感に見舞われたから、あえて断ってみました。

まあそもそも私は坊主だったのでモヒカンにされて文句を言う筋合いはないですが!高額な美容院だったんっすよ!

 

ということで左右非対称のわたしは婚活イベントに行ってみました。

 

婚活イベント。男女比率は2:1、女子少なめ。

 

何かこう、トラウマになりそうなほどに「ふわっとしているブサイク女子」が(表現はキツイですが真実なので、、この場合のブサイクとは、トークの内容含めです)

集まっておりまして

そして男性陣はリピーターが多い模様。

 

へぇ、、、、

 

で、結果から先に言うと玉砕いたしました。まぁ左右非対称(アシンメトリー)でトークは上手いブス、そしてフリーランスでしかもデブ、なんて、需要ないですよね。

 

システム的には、お見合いタイム→フリータイム→気に入った人の名前ふたり書いて運営に提出→運営が奥で操作→カップル発表〜!

という流れでしたが、フリータイムでもなんでもそこそこにわたしとトークしていた彼らは誰の名前を書いていたのだろうか。わたしの名前は書いてないのだろう。

 

とっくにもう私は結婚で疲弊している。

それはそれは長い結婚生活でした、生活そのものは楽しかった。で、社会生活のほうで精神を病んで、その病気がひどくて、毎日死ぬか生きるかの瀬戸際でいたところ子供も残せず、そして離婚して、そんなんだったから結婚生活に大きな夢はない。

しかしわたしには失われたはずの希望が、みなさんにはある。

 

みなさん希望を持っていい人を見つけて欲しい。結婚それはいいものだ。一度してみるとよい。

パーティー半ば、もはや私は「母の目線」にいたのです。

 

どんな人にも良いところがたくさんありまして。私は出会った人すべてを「最初から18000満点」くらいに買いかぶるクセがあり、他人を理由なくぶん殴るとか泥酔してあちこちに脱糞するとか出会い頭に全ての女性に鈍器で乳首ドリルを重ねるとか、そういった奇行種でもなければ、だいたいすべて「いい子だ頑張れ!」と、思ってしまうんです。

なので応援してました、みなさんのことを

 

とはいえ、、、、、

 

わたしは、フリータイムで一緒にビール飲んだりなんだりしていた、ええ感じのおっさん(頭髪はパワープレイの賜物、蓄えた体脂肪)で、なんか盛り上がっていた!という人(ら)の名前書いて出してみたところ

最後のカップル発表で私の名前が呼ばれることはありませんでした。

そして私が名前を書いた方々は、あれだけ会話で盛り上がってアゲアゲだったのに

別の、「ゆるふわ女子(脳はチンパンジー未満)」の名前を書いて投票しちゃってたんだな、これが。だから彼らも名前を呼ばれませんでした。

おぃー

目標高すぎ、チャレンジしすぎ、ゆるふわは若いイケメンを求めるでしょうがぁ!

 

なんかさ、彼ら、このパーティーのリピーターとか、らしいですけど君達そろそろ気づきませぬか。

彼らが見ている夢の結婚生活というものは

ゆるふわで(脳はチンパンジー未満)毎晩セックスして家事が万全で仕事もして稼いでくる女の子がいい、などという感じだろう。

高い志を持つことぁ大事ですが、、、いざ結婚ってなるとだいぶ忍耐と忍耐の賜物になりますよ。忍耐が日常になるんですよ、高ければ高い壁に憧れる気持ちはわかりますが、チンパンジーと忍耐できますか?意識が違うのでは?

 

って言うのが個人の感想です。

 

在宅フリーランスでそこそこ稼いで、バイトでそこそこ鍛えられたので料理もそこそこで、製麺機でいわした麺とか、300日近く作った豊富なレシピのお粥(デブを痩せさせる)で楽しませる、とか

あたくし、そこそこ、実績込みで家に置いておくのは、そんなに悪くはないと思うんですが

何しろ個性が半端ない、くつしたマジ半端ない、アシンメトリー!っていうのが見え隠れしているのがダメなんすかね。他にもダメなとこ色々あるけどね。個性が半端ないもんね。

 

なんかな、カップル成立してる方々のインタビュー見ながら「この後めちゃくちゃセックスしました」のテロップが脳内で見えました。

 

わたしの中には、生きていることへの絶望感的なものは常にあるんだと思います、婚活パーティーで玉砕してもそれはまた然り。

思えば長いことミュージシャンも兼任しておりましたが、そして良い思いもしましたが、、、、、、、、、

多分わたしは「自分より才能がない人」を

目の前から瞬時に切り捨てるクセがあるので(性格が悪い)

まあ再婚は無理かもな?

 

婚活パーティーは人間模様を学ぶ場としては得るものがあったのでよしとするか。

 

で、カップル成立発表で名前が呼ばれるかドキドキしてた「いわゆる彼ら」には

わたしの名前書いてて欲しかった感じはありますが。まあでも玉砕だから。

 

まあ別になんでもいいや。

いわゆる彼らの目標が高いのはわかった。

応えられないのもわかった。

応えられないですよ。

 

だって、あたし、くつしただもの。

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ちなみにですが、元旦那はくつしたファーストライブのお客様でした。

そのまま家族の一員となった元旦那を楽しませることが「くつした」の使命と思う毎日でした。

で、結婚生活は破綻しました。

 

なので「くつした」に興味を持って来てくれる方々と、いざ再婚したい人たちとはまた違っておりまして。「くつした」ではなく「わたし」に向き合ってくれる人と再婚したいんです。

 

再婚したらくつしたは辞めますよー

 

ガチでーす。

 

で、婚活パーティーに一言言ってよいですか。

 

バーカバーカ!!!!

 

 

おわりです。